【MAGIC ACADEMY】
    二周年記念お祝い小説


    『宝石くらげと丘の夢』


        二


    「あ」

    「‥‥‥む」

    「わっ」

     抜群のタイミングで、三人は鉢合わせした。

     ペティアガーラの大通りの一角にある、マジックアカデミー学生寮。その、正面入り口。

    「なんだよ、お前らも来てたのか」

    「うむ」

    「やっぱり皆と会いたいんだねぇ〜」

     一度渋くなって、そしてへへっと苦笑するパツィム。

     相変わらず無表情だが、わずかに双眸を大きくするクゥ。

     そして無敵の意味なしスマイルのセイミ。

    「ま、あいつがいるかどうかはわかんないけど―――」


    「だっ、誰があんたなんかを呼んだってのよーーーー!!!!」


     いつもの三人がそろった所で。

     パツィムの言葉を遮り、いつものメンバーの最後の一人が声を大きく荒げていた。


       ◇◆◇◆◇     


    「まぁ〜ったく、ロクなもの出てこないんだから」

     なおも愚痴っていたが、明らかに皆と出会えた事で頬を緩めながら、フィーは三人の来客

    にクッションを放った。寮生一人ずつに与えられる部屋はそれほど広くはないが、子供達四

    人程度なら軽く収納してくれる。

     そうして自分はベッドの端にポスンっと腰を下ろし、

    「それで? 三人一緒に私のところに来て、何か凄い用でもあるの?」

     どうやらフィーは、三人が計画立ててここを訪れたと思っているらしい。

    「いーやぁ? 別に。クゥとセイミとはそこで偶然会ったんだよ」

    「うん! 僕ね、フィーに面白い話してあげようと思って来たんだよ」

    「ん? 私は、なんとなくだ」

    「‥‥‥‥‥‥あー」

     じゃあお前らいきなり押しかけてきたのかい。

     呆れて脱力して―――それでもフィーは、こうやってなんでもなくても集まれる彼らが好

    きだった。

    「んふふー。じゃあ、皆でお喋りしましょっか! 昨日寮長にクッキーもらったんだぁ」

     見て驚きなさんな、と呟き、フィーは得意そうにベッドの下からクッキー缶を持ち出して

    来た。

    「おおーっ、いい感じの缶だなっ」

    「む‥‥‥」

     食べものに目がないクゥが、半ば嬉しそうに瞳を輝かせた。

     まさに四人のテンションをあげる秘密兵器だ。

     が―――

    「あっ! じゃあ、僕がお茶入れてあげるねっ!!」

     セイミが何気なく言ったその一言に。

     パツィムとフィーが、必死になって(それなりに丁重に)断りの言葉を連発したのは、ま

    ぁなんというか、いつもの光景といえばいつもの光景だった。


       ◇◆◇◆◇


     夢を、見ていた。

     細部にまで行き届いた明瞭な色彩夢。

    (‥‥‥あ?)

     もう何日も夢を見ていなかったような気がする。朝も、昼も、そして夜までも自分の為す

    べきことに時間を使っている彼にとって、寝るという行為は本当に、ただ単純に体力を回復

    するためだけのものだった。だから、眠るときは意識して深く眠ったし、そのせいか夢を見

    るという行為を、彼は無意識のうちにしなくなっていた。

     まぁ、意識して夢を見る、などということはむしろ不可能だろうが、それでも何日かに一

    度は夢を見るだろう。だが、今日この時彼が見た夢というのは本当に久々のものだった。

     しかも、自分がこれは夢なんだとハッキリと意識して見れる夢だなんて―――


     眠り、混濁とした意識の中にいる彼の目の前で、彼らは絡み合っていた。

     情熱的に、そして艶めかしく煌くその肢体を十分にくねらせて、二人は身悶えている。

    一方が上になり、もう一方が下。かと思うと、驚くほど俊敏に柔らかく体を入れ替え、逆の

    体勢になる。彼の思考では考えられないほどの柔軟さで、更に目の前の二人は体勢を変えて

    いった。

     そうしてしばらくねっとりとした愛撫が続いた後で、やがて彼らの動きがひどく緩慢とし

    たものになった。

     そして―――

     どこか懐かしい、郷愁にも似た不思議な感覚。そんなものが彼の思考になだれ込んできた

    ところで。

    「‥‥‥は」

     彼は夢から覚めた。

     うっすらと目を開くと、大分高い位置にのぼっていた太陽が目を灼いた。草をなびかせて

    風が吹き抜けていく。

     後方にではなく、眼下の街並みから太陽の輝く空へと。肌寒い突風が彼のタンクトップを

    はためかし、そしてその勢いはそのまま彼の髪の毛まで逆立てた。

     丘。ペティアガーラにある名もなき丘。クゥを見送った後、気がつけば寝転んで寝ていた。

     そうしてようやく意識がハッキリしてきたところで、ヘックは納得のいかない面持ちで独

    りごちた。

    「‥‥‥なんで俺、クラゲの生殖シーンなんか見たんだ?」

     その言葉も、そのまま風がさらって行った。


       ◇◆◇◆◇


    「何を見たって‥‥‥?」

     翌日。

     聞き返すパツィムの顔はもう爆発寸前といったところだ。やっぱり話すんじゃなかったか

    と後悔するヘックだったがもう遅い。見ればパツィムだけではなく、どの顔も真っ赤にして

    頬を膨らませている。

    「ヘック、クラゲの繁殖みたんだぁ! いいな〜」

     場の雰囲気を唯一理解していなかったセイミだけが、のほほんとそんな事を口にした。

     それが、引き金となった。

    「―――っぷ」

    「ぎ‥‥‥ぎゃはははははは!!!」

    「あはっ、あはははっ、あははははは! やだぁ、ヘックたら!!!」

    「ぎゃはっ、ぎゃはははは、ぎゃはははははは!!!!」

    「あはははははっっっ」

    「ク、クラゲの繁殖だってよ、おいっ!! ぎゃははははは!!!」

    「パツィム、フィー‥‥‥」

     こめかみをひくつかせて、拳を握り締めるヘックだったが、二人ともそれには気づかない。

    「バっカみてぇ!! 勉強のしすぎでおかしくなったんじゃねーの!?」

    「あははっ、ぱ、パツィムそれは、い、言いすぎぃあっはははは、あはは!!」

     ゴガンっっっ!!!!!     

     ついにヘックの鉄拳が二人の頭に落ち、パツィムとフィーは断末魔をあげて沈んだ。

    「だから話したくなかったんだよ、てめぇらには!!!」

     蛇にも似た目を鋭くして、ヘックは顔を真っ赤に叫んだ。

     話のネタにでもと思ってついこぼしてしまったのだが。ネタになりすぎた。

    「くそっ。ヘック・ネック一生の不覚だぜっ」

     ヘックが狂ったようにはき捨てた。

     と、まぁ、そういうわけで―――
 
     彼らがいつものように馬鹿騒ぎをしている場所も、またいつもと変わらなかった。アカデ

    ミー、昼休みの実験室。その部屋の主であるフェイブニール・カーヤン―――通称フェイブ

    ―――はこの学園の卒業生であり、学園内にこうして実験室を持ち、ほぼ毎日ここで寝泊り

    しているという奇妙な人物だ。しかしその実力は底知れぬものがあり、アカデミーの教師を

    含める誰もが一目置いていた。またクゥの腹違いの兄ということもあり、ヘックとはよく付

    き合っている。そんな彼の実験室は、いつも昼休みになると大量の訪問者を迎えた。

     といっても大抵来るメンバーは決まっていて、今日ここに集まっている通り、ヘック、パ

    ツィム、フィー、クゥ、セイミといった面々である。

    「なんだかいつも以上に騒がしいですね」

     と。

     実験室の扉が静かに開き、そこから綺麗なブロンドの髪をたらした青年が入ってきた。中

    性的な顔立ちの彼は、温和な落ち着いた表情を見せて歩み寄ってきた。その手には紙袋を持

    っており、そこからちらりとパンが顔をのぞかせている。

    「あっ、フェイブだぁ」

    「こんにちわ、セイミ」

     無邪気に喜ぶセイミに挨拶して、フェイブは長身の体躯を引き寄せた椅子の上におろした。

    「どこ行ってたんだよフェイブ。俺達、昼休み始まってすぐに来たのにさぁ」

    「今日はちょっとペティアガーラまで昼食を買いに行ってたんですよ。ほらこれ」

     といって、どさりと紙袋の中のものを机の上に落とす。そこにはペティアガーラでは有名

    な『陽気な田舎亭』のパンの姿があった。透明の包装紙でまかれているそれらは見るからに

    美味しそうだ。

    「ペティアガーラまでって‥‥‥四時間目、先生なのにサボったの?」

     訝しげにフィーが尋ねると、フェイブはすました顔で出ましたよ、と答えた。

    「え? じゃあ‥‥‥どうして‥‥‥」

     アカデミーからペティアガーラの街までは、どうあがいても一時間はかかる。毎日寮に住

    んでいる生徒達はバスで通っているのだから、その距離というのは結構なはずだ。それを四

    時間目が終わったあとに出かけて、これだけの時間で帰ってくることなどまず不可能だった。

    「こいつにゃ、距離なんざ関係ねぇよ。フィー」

     目を丸くしているフィーに向かって、ヘックは肩を竦めて見せた。

    「んん?」

    「いつだったか―――もう何年も前だったと思うが、ウバ湖から学園までこいつと競争した

    事があったんだが。その時、こいつ空間転移使いやがったんだ」

     空間転移。

     パツィムの空を飛ぶ能力とは違う、文字通り『空間』を『転移』する魔法である。極めて

    高度な魔法とされ一般学生なら習得することはおろか、論理すら理解できないとされている

    最高峰の魔法の一つだ。

    「やだなぁ、ヘック。そんな何年も前のこと」

     笑って流すフェイブだったが、突然思い出したように、

    「あ」

    「ん? なんだよ、急に」

    「そういえばあの時賭けてた学食、まだ奢ってもらってないよねぇ。今度頼むよ」

    「ぶっ!!? て、てめぇ」

     いきなり降って出た過去の忌まわしい話題に、ヘックは思わずあとずさった。
     
    「なんならこのパン代でもいいけどね?」

    「‥‥‥」

     返事をしなかったのがまずかった。フェイブはニヤリと唇だけで笑うと、

    「皆〜、これヘックの奢りだって。好きなの食べていいよ」

    「なに!? 本当か!! ラッキー、これもーらいっ」

    「‥‥‥むっ。むっ、むむ」

    「あっ、じゃあ私ライ麦の奴もらおっと!!」

    「わぁ〜い、ヘックありがとー」

     急変したようにパンに群がる四人のリーブラを、ヘックは半ば放心したように見つめてい

    た。

    「ヘックも人がいいですねぇ」

     最後にチーズパンを手に取ったフェイブがにこりと笑う。

     悪意の欠片もない笑顔。

     そんなものを見せられて、ヘックはもう呟くしかなかった。

    「‥‥‥っていうか、さすがに酷くねぇか、おい」

     もちろん、誰も耳を貸さなかった。


        ◇

    
     そんなわけで、賑やかな実験室も落ち着きを取り戻してきた頃。フェイブ以外の五人は興

    味深々といった表情で、彼の語る一語一句に耳を傾けていた。ヘックまでもだ。

     というのも、パツィムがフェイブにもあの話をしてしまえと悪戯半分で、ヘックの見た夢

    の事を告げ口したのだが―――こともあろうにフェイブは笑い出すどころか、逆に納得した

    ような口調で『ああ、ついにヘックも見たんですか』と言ったのだ。

     驚いたのはヘックで、

    「お前も見たってのか?」

     と聞き返したところ、彼自身は見ていないが、あの丘で居眠りをするとクラゲの夢を見る

    というのは結構昔から伝わる話だと教えてくれた。

    「どういうことなんだよ、一体?」

    「まぁ、簡単に言ってしまえば、いわゆるペティアガーラの街にある都市伝説といったもの

    ですかね」

    「へぇ〜。ペティアガーラにもそんな伝説あったんだ」

     フィーが自分の暮らしている街を思い出したのか、意外そうな表情で呟いた。

    「まぁ、あんまり知られてはいないみたいなんですけどね。それでも知ってる人は知ってる

    っていうぐらいには有名なんでしょう」

    「それでそれで!? 続きはどういうのなんだよっ?」

     この手の話が好きな子供達は、意気揚々と顔を輝かせている。クゥだけがお腹が膨れて眠

    くなってきたのか―――まぁ、この子はいつだって眠そうにしているが―――、視線をぼん

    やりと泳がせていた。

    「昔々‥‥‥もう本当に気が遠くなるくらい昔なんですけどね、地歴学者の話によると、ペ

    ティアガーラの街のあった一帯は海だったらしいんですよ」

    「海っ?」

    「ええ。まぁ、あそこだけじゃなくて東ゴパルダーラ自体でしょうね。それでですね、その

    時この辺りはある生き物の生息地だったんです」

     教師が生徒に講義する―――まさしくそうなのだが、実際に自分が彼らにこんな歴史的な

    講義をする日がこようとは思っておらず、フェイブは半分苦笑を隠して言葉を続けた。

    「その生物の学名は『宝石クラゲ』といって、もう何千年も昔に絶滅した古代種です」

    「ほ、宝石‥‥‥」

    「クラゲ?」

     パツィムとフィーの呟きに、フェイブはええと頷いた。
               ジュエリー     ゼリー      フィッシュ
    「‥‥‥【Juely−Jelly−Fish】。まぁ、何故そんな名前がつけられたかと

    いうとですね、宝石クラゲはその体内に宝石の持つ輝きにも似た、巨大な光の結晶を宿して

    いたということからそう呼ばれたんですよ」

    「そ、そんな生き物がいたんだぁ〜」

     うるうると感動的に目を輝かせているのは―――もちろんセイミである。謎なものが好き

    というフィーとは正反対な思考の彼は、フェイブの言葉にまさしく宝石クラゲみたいに顔を

    明るくしている。

    「それで、それがペティアガーラの都市伝説とどう関係があるんだ?」

    「ああ。ここからは根も葉もない噂―――伝説になるんだけどね。ある時地殻変動が起きて

    ここら一帯が大地になったときに、もちろん生息地にしていた宝石クラゲの多くは巻き込ま

    れた。その時、一匹だけが運良く化石となりペティアガーラのあの丘の下に眠っているとい

    うんだ。しかも、何千年という気の遠くなる年月は、宝石クラゲの体内の光までも化石とし

    て閉じ込めてしまい、やがてそれは輝きを失うことのない、まさにその名の通り【宝石】と

    してクラゲの中に生み出した。そしてその一匹は今でも化石となりながら、丘の中で目を覆

    わんばかりの輝きを発しながら眠っている‥‥‥と、まぁこんな伝説ですよ」

    「‥‥‥」

    「だから、今でも丘でも居眠りすると、地層に埋まっているクラゲが語りかけているのか、

    その類の夢を見るっていうので有名なんだよ」     

     誰しもが言葉を失っていた。

     確かに話自体は眉唾物もいいところの、突飛な伝説だ。けれど、それはまた、神秘的な物

    語の一部でもあった。そんな面白そうな話が、まさか自分達の暮らす街に落ちているなんて。

     もう目を輝かせているのはセイミだけではなかった。

    「‥‥‥ふふ、ついでにいい事を教えてあげましょうか」

     そんな素直な反応の彼らを見て、フェイブは自分も気づかないうちに子供のようなあどけ

    ない表情になっていた。

    「あの丘に名前はないですけど―――それでも一部の伝説を知っている人達の呼び名がある

    んですよ」

     そこで、一旦言葉を切る。

     次に彼が口を開いたときには、紛れもなくフェイブも彼らと同じワクワクした顔になって

    いた。

    「宝石の輝きが眠っていると信じて、それを太陽の光に見立てたんです。だからあの丘はこ
  
    う呼ばれる―――」

     光が眠る神秘の大地。
        Sun - tha - rise
    『サンサライズの丘』と。


      ◇◆◇◆◇


    HERE⇒THERE⇒OVER THERE...



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