【MAGIC ACADEMY】
    二周年記念お祝い小説


    『宝石くらげと丘の夢』


        一


    初秋。

    ロワノルン王国、東ゴパルダーラ地方。

    大陸の最東端に位置するこの地方にも、ようやく冷気を帯びた風が吹くようになってきた頃。

   いつもの日常の、いつものぺティアガーラの街の、いつもの部屋から。

    けたたましい声が空に響いた。

   「なっ、なっ! なんでぇ〜〜!!?」

    ペティアガーラの街にある学生寮には、ニルギリの森に存在するマジックアカデミーと呼ば

   る魔法学校に通う生徒達が暮らしている。

    生徒達には各一部屋ずつ与えられているので、自室の扉を閉めてさえいれば、数多くの寮生

   を詰め込んでいるとはいえ、そう簡単に生徒同士が出会うことはない。もちろん食事の時間や

   朝の登校時間などは別だが、休日の学生寮ともなると、せいぜい談話室に暇を持て余した生徒

   が数名いるくらいだ。

    けれど。

    毎度のように唐突にあがった声には、皆、心当たりがあった。

    と、いうより聞きなれていた。休日には必ず一度はこの叫び声があがるからだ。

    そうして誰もが嘆息とともに胸中で思うのだ。

   ―――また、あの子か。204号室の桃色の髪をした女の子。

   ―――よくもまぁ、いつもいつもあんなに元気でいられるよ。

   ―――はぁ〜‥‥‥一体今度はどんなヘンテコなものを出したんだ?

    内容は多少食い違うものの、声が上がるたびに必ず寮内にいた生徒達は、恐らくは部屋で驚

   いているだろうある生徒の姿を思い起こし苦笑した。

    学生寮204号室に暮らす女の子。

    名をフィーリイア・リム・ザクセンといった。

    その彼女、通称フィーは、なんというか―――変わり者の少女だった。

    まぁ変わり者というのも、この個性だらけのマジックアカデミーで使うのもおかしな話かも

   しれないが、それでも周りの彼女に対する認識の一つに『変わり者』という意見は多々あった。

    綺麗な淡い桃色の髪はいつも活発に飛び跳ね回っており、彼女の特に仲のいい親友達と一緒

   にいると更に拍車がかかり、まるで男の子のようにはしゃぎまわる。まぁ年頃の女の子なんて

   大して男の子と変わらないだろうけど、フィーはとにかく元気な少女だった。

    その、フィーの自室。

    204号室。

   「あんた一体誰なのよーっ?」

    薄手のセーターに深い赤色のロングスカートといった姿のフィーが、目に涙のようなものを

   浮かべて―――実際涙なのだろうけれど―――、ビシッとある一点を指差していた。

   「誰と言われましても貴女。私を呼び出したのは貴女じゃありませーんかぁ」

   「う、うるさいうるさいうるさぁい!!」

    どうも思っていたものと全然別のものを召喚してしまったらしく、ぎゃあぎゃあ叫びながら

   フィーはなおも腕を振り回し続けた。

   「あんたなんか知らないわよ! 消えちゃって!!」

    ボンッ!!!!

    小さい爆発が起こり、その謎の生き物は元の場所へと還される。

   「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥う〜っ」

    フィーは召喚魔法が好きだった。専攻魔法に選んでいるくらいだから、どれだけ夢中になっ

   ているのかは周りもよくわかっていたが、ここで間違えてはいけないのは、彼女が召喚魔法が

   好きだということである。

    決して得意というわけではない。

    そして、得体の知れない謎のものが嫌いなくせに、いつも召喚するものといえば得体の知れ

   ないものばかりだった。今まで成功したことは数えるほどしかなく、大半がよくわからない生

   き物だった。

   「何が悪かったのかしらね〜。むむぅ」

    けれど、彼女は休日になるといつもこうやって自室で召喚魔法の練習をしていた。

    いつか自分の思い通りの生き物を召喚すること。それがフィーの目標の一つだった。

   「ま、いいか。マナにご飯あげて、も一回試そーっと」

    なんというか―――

    彼女は風変わりな女の子だった。


       ◇◆◇◆◇


    ペティアガーラの街の北には小高い丘がある。特に名前などついていなかったけれど、そこ

   から一望できるペティアガーラの街並みは美しかった。

    色とりどりの切り妻屋根に、小さな時計塔。こぎれいに区画された石畳や噴水広場などが一

   斉に見渡すことができ、特に何もない丘だったが、休日になると結構な数の参観者が訪れるこ

   とで有名だった。

    そして今日は週に一度の休日。

    緑の絨毯のように短い草を靡かせている丘には、十人ほどの客が訪れていた。まだ正午前で

   日はそれほど高くない。爽快な秋晴れの下、彼らは街を見下ろしたり、草原の上を駆け回った

   り―――来ていたほとんどが子供達だった―――と好き勝手に行動していた。

    そんな中。

   「久々に見るとやっぱ綺麗だなぁ」

   「‥‥‥む」

    パッと見、兄妹のようにも見えるが、けれどちゃんと見てみれば似ているところなど一つも    ないとわかるであろう二人組みが、周りの子供達とは少し離れた場所に立って街を見下ろして    いた。二人ともまだ少年と少女と呼べるくらいの年齢に見える。     少年のほうは紺色の幅の短いバンドを頭に巻き、もう秋だというのにゆったりとした黒のタ    ンクトップ一枚しか着ていない。別段寒そうな表情をしているわけでもなく、彼は精悍な顔立    ちを朗らかに崩し、隣にいた少女の頭に手を置いた。    「な、クゥ。やっぱここまで来て正解だったろ?」     ぽむ、と頭に手を置かれた少女―――クゥと呼ばれたか―――は、特に表情を変えることも    なくただ頷いた。けれど、彼女と長い付き合いになっている少年には、彼女が機嫌を良くして    いることがわかった。     この不肖の弟子は、大して感情を表に出すことは少ないが、自分で喜びを感じた時はそれを    遠慮せずに表していいことを心得ている。その表し方が表情や態度ではないだけであって、少    年―――ヘックは、クゥがその喜怒哀楽を『雰囲気』に似たもので表すことを理解していた。   「‥‥‥さぁて。せっかく街まで来たんだし、少ししたらあいつらの所にでも行ってみるか?」    頭に手を乗せたまま言ってくるヘックに、クゥはそうだなと短く呟いた。青い髪の少女は、ど   ことなく眠たげに見える双眸を眼下の街に向けたまま、しばらく思案したようだった。そうして   自分より頭二つ分は背の高いヘックに、微かに唇をほころばせて、   「フィーのとこに行く。多分、寮にいるだろうから」    と伝えた。   「そだな。きっと部屋でへなちょこ召喚術でもしてんじゃないか」   「ヘックは? どうするんだ?」   「俺か? 俺は―――まぁ、ブラブラしてるさ。暇だったらフェイブのとこにでも行ってるよ」   「そうか」    ヘックとクゥ。    六歳も歳が離れた二人は、なんと師弟関係である。そしてそれどころかほとんど一緒に暮らし   てさえいた。その経緯といえば、まぁ、色々とあるわけで、取り合えず明らかなのは武術をたし   なんでいたヘックが幼い頃からクゥに教えているうちに、彼女も体を動かす楽しさに目覚め、こ   うして師弟関係のようなものを築きあげてしまったということだ。二人ともペティアガーラに住   んでいるのだが、暇さえあるといつもトレーニングに没頭していた。    それが今日、あまりに爽快な天気だったので久しぶりに丘まで行こうということになり、二   人はこの場所にいるのだった。   「それじゃ、下るか」   「‥‥‥む」    奇妙な師弟関係を結んでいる二人。    ヘック。そしてクゥ。    しかし、その絆は決して細いものではなく、本人達は気づいていないだろうが、恐らくは彼ら   が持っている絆のどれより太いものかもしれなかった。       ◇◆◇◆◇    パツィム・コルファの朝は遅い。    それが休日ともなれば、昼前までの睡眠は当たり前だった。    ペティアガーラの街より、マジックアカデミーよりに位置しているシッキム・テミという村に   生まれ過ごしてきた彼は、町の人々よりゆったりとした感覚を持っているのだ。彼の姉に言わせ   ればゆったりというより怠惰だ、と突っ込まれただろうけど、その口うるさい姉は今日はいない。   よくは覚えていなかったが、友達とどこかへ行く約束だったらしく、今朝早く出て行ったのだ。   「ふ・あぁぁぁぁ〜っ」    そういうわけで、すっかり惰眠をむさぼったパツィムは、寝癖のついた髪の毛をパシパシ叩き   ながら、むっくりと体を起こした。       「うう、う〜ぁあぁぁあよく寝たぁ」    よくわからないくぐもった声をあげるパツィムは、そのまま大きなあくびをした。そうして驚   いた事に、そのままの体勢ですい、と宙に浮いた。    魔法の力が働いたわけではない。    確かに彼もマジックアカデミーの生徒だったが、リーブラと呼ばれる最下級生の彼がそんな高   等魔法を使えるはずもない。    ない―――のだが、彼は問答無用で浮いていた。   「ふわは、は、は、は。腹減ったなぁ」    あぐらをかいたまま、ふざけた格好で宙を飛ぶパツィムを彼の親友達はいつも羨ましがってい     た。たまに背中に乗せて飛んでやると、物凄い喜びをみせるのだが、それは彼にとっても楽しい   ことではあった。    ただ、この『宙に浮く』能力については、パツィム自身よくわからないものだった。生まれた   時から彼は飛行の能力を身に着けていたのだ。別に彼の家系が特別だとかそういったこともない   のだから、なおさらこの能力については皆不思議がった。が、不思議がろうがなんだろうが、彼   が空を飛べるということには変わりなく、パツィムもこの能力を十分に堪能していた。   「あ。姉ちゃんさっすが。飯、作ってくれてるよ」    小さなリビングに行くと、可愛らしい木製のテーブルの上におにぎりが三つと、卵とウインナ   ーを炒めたものが皿に乗っていた。   「いっただっきまぁす」    ぽすん、と椅子の上に体を下ろすと、パツィムは年頃の少年らしく凄い勢いでガツガツ食べ始   めた。これだけ美味しそうに食べてくれると作った彼の姉も本望だろう。    五分もしないうちに皿のものは綺麗さっぱりなくなり、パツィムは至福の表情を浮かべていた。   「ふぅ〜。ごちそーさぁん。姉ちゃんありがとー」    恐らくはペティアガーラの街にでもいるであろう姿なき姉に礼をいい、パツィムはよっこいせ   と立ち上がった。   「さて。今からどうしよう。あいつらの顔でも見に行くかな?」    順に頭の中に浮かんで消えた三人の親友達を思い、パツィムは自分では気づかないうちに微笑   んでいた。明日になればまた嫌でも顔を合わせることになるクラスメート達だが、彼らは休日の   時もよく一緒になって遊んだ。周囲からは落ちこぼれ達が集まっている、などという心無い声も   あがっているが、彼ら自身は全くそんなことは気にしていなかった。誰もがそれぞれに対して大   親友といえるくらいの関係を築いていたし、それにそういったことを気恥ずかしく隠してしまう   ような年でもない。    感情に素直な彼らは、いつも楽しく笑っていた。   「この時間だとフィーが妥当、かな? 寮にいんだろ」    ふと外を見てみると、寒空には違いなかったが太陽が爽やかな陽光を降り注いでいる。    ―――この格好でもいけるかな。    胸中で決め付けると、パツィムはいつものヒラヒラした服装のまま外へ飛び出した。       ◇◆◇◆◇     大陸の最東端。東ゴパルダーラと名づけられた地方に広がる古の大森林。     内部は鬱蒼とした樹林に覆われ、日中でも木々が集中しているところでは、ほとんど日が差    さず、そこは紛れもなく大陸最大の森だった。     ニルギリの森。     不可思議な古代生物や植物の恰好の住処となっている、恐らくは何万という種の生命を育ん    でいる恐るべき巨大森林。そのほとんどは解明されておらず、冗談にもこの森の中に建設され    た大陸唯一の魔法学校―――マジックアカデミーの教師達でさえ、森の奥深くまで入ることは    なかった。         一歩立ち入れば死と隣り合わせ―――というわけでもない。実際アカデミーは森の中にある    のだし、不気味な森ではあるが運がよければ妖精などといった奇跡の生き物達を見かけること    だってあり得るのだ。     ただ、それでもこの辺りの地方に住む人々以外は、この大森林に立ち入ることを拒んだ。     今では伝説の存在となっている、凶悪な古代竜のせい―――ではない。ただ漠然と不気味と    いう印象が強いためか、アカデミー関係者以外のものは、あまりこのニルギリの森に近づきた    がらない傾向があった。     そんな状況が、もう何年も常識と化している中。     この森で生まれ、森と共に育ち、そして森を住処にしている少年がいる。関係者以外の者が    聞いたら失神しそうな話だが、嘘ではない。それも、少しカールした銀髪を持ったあどけない    顔を持つ少年だというのだから、世の中不思議なことばかりだ。     セイミ・スランドゥイル。     それが、この少年の名前だった。祖母と共に暮らす彼もまたマジックアカデミーの生徒であ    る。加えるなら、フィー、クゥ、パツィムといつも一緒につるんでいる大親友の一人だ。おっ    とりとした性格で、他の三人にも意見されることが多いセイミだが、実は彼が四人の中では最    年長者である。その童顔からは想像できなかったが、彼は今年で十七になる。十三歳のクゥと    比べると四年も年上なのだ。    「ハァ〜」     そんな彼は、今日も今日とて森の中で見つけた切り株の上に腰を下ろし、木々の間から見え    る雲を見つめては、のんびりほんわかと自作のお茶をすすっていた。この少年、何故かいつも    ティーセットと研究ノートを肌身離さず持っているのだ。     彼の趣味は、まさしくこの森の申し子と呼ぶに相応しく、ニルギリの森に生息する様々な植    物からとれる薬の研究だった。アカデミーでも魔法薬学を専攻しているだけあって、その研究    熱心さは、フィーの召喚術に負けず劣らずだ。     ただ、ここでも原因なのは、セイミは熱心ではあるがエキスパートではないということだ。    アカデミーの教師達でも理解していない謎の植物を薬に使用しているため、その効果といえば    いつも実験台になっているフィーやパツィムにいわせると、ロクデモナイものらしい。むしろ    毒、などという悲しい事実をセイミとクゥを除く二人は、頑なに秘密にしていた。     ちなみにクゥは呆れるくらい胃が頑丈に出来ているのか、セイミの実験台になってもあまり    これといった症状を見せることはなかった。    「天気のいい日はやっぱりいろんなモノに出会えるなぁ〜」     カチャン、とティーカップを膝の上のお皿の上に置き、セイミは嬉しそうに呟いた。     いつの間にか。     彼の座る切り株の周りに、蛙が浮いていた。    「うわー、君達と会うのは初めてだねぇ」     フィーが見たら卒倒しそうな奇妙な蛙である。ゲコゲコとこそ鳴かないが、口の両側の袋を    破裂するんじゃないかというくらい膨らませて―――それが風船代わりになっているのか、蛙    は浮いていた。     ぷかぷか、ぷかぷか。     四肢をだらんと伸ばし、特有の細い目を更に平べったくして浮いている様は、どこか可愛ら    しい。手のひらサイズの綺麗な緑色の風船蛙(たった今セイミはそう呼ぶことにした)は、の    んびりと宙を漂い、徐々に森の奥に消えていこうとする。    「あはははっ、おかしな蛙」     だらーんと、ただ浮いているだけの蛙は一見やる気のなくしたアオガエルだが、よく見れば    風船になっている両の袋は時々―――息が続かないのか―――しぼんでは膨らましている。そ      してそのたびに高度を保つためか、両足がせかせかと忙しなく宙をけっていた。    「‥‥‥」     やがて風船蛙が消えると、セイミはにんまりと満面の笑みを浮かべた。    「決めたっ。今のこと、皆に話しにいこう〜っと!」     陽気に叫ぶと、セイミはテキパキとティーセットの後片付けをし、億の息吹を感じさせる大    森林から元気に飛びだしていった。       ◇◆◇◆◇    HERE⇒THERE...
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