3.はげましの実験室
「へぇ、それで結局学校に着いたのは…?」 ポットからお茶を注ぐ手を止めて、はちみつ色の頭の青年は、笑みを含んだ穏やかな声音でゆっくりとそう尋ねた。 | |
「3時間目」
答える声はうってかわってどんよりと重々しい。思わず青年、フェイブニール・カーヤンはふっと笑みをこぼしそうになったが、ふくれっ面でクラゲのごとくテーブルの上に伸びていたフィーにジロリと一睨みされ、カラ咳などして誤魔化した。 「笑い事じゃないんだからね。も〜」 先ほどまでミセスに呼び出しをくらい、「たるんでいるざます」と長々お叱りを受けてきたフィーはヤツ当たりモード大爆発で、紫色の(ように思われる)嫌な空気を惜しげもなくまき散らしている。 今ばっかりはいつもフィーにべったりのマナもそばを離れ、疲れることでもあったのか、セイミの膝の上で苦悶の表情を浮かべたまま眠り込んでいた。 |
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お昼休みのこの時間、フィー、クゥ、それに同じクラスのパツィム・コルファとセイミ・スランドゥイルの4人と、そして休憩時間はたいていここにいるらしいヘックネックの合わせて5人プラス一匹は、学園内にあるフェイブの実験室に昼食をとりにやってきていた。
クゥの兄であるフェイブは天才といわれる魔法使いであり、アカデミーの一番若い教師でもあり、その権力を濫用してなのか何なのか、実験室の一つを強引に私用としてかっぱらっていた。本人の話によると、「研究に熱中しているうちに気が付いたらこうなっていた」らしいが、気が付いたらベッドがあったりするものであろうか、部屋にはよく分からない発明品の山に紛れて、さりげなく家具一式がそろっている。 「え―――」ごっほん、と大きく咳払い。 「朝寝坊というのは、一人暮らしにとっては大変重大な問題ですよね」 よーくわかります、ともっともらしく大真面目に頷くある意味一人暮らしのフェイブニール。 「でもお昼ご飯なら食堂でとればよかったのに、どうして無理してパンを買いに行ったんです?」 ついついよけいなことを口走ってしまった。 フィーの紫色のオーラが2割増黒っぽくなる。 「それさっきオレも言った〜」 と、何が嬉しいのかモリモリお弁当を食べていたパツィムが、にこにこと手を挙げた。 ペティアガーラより随分アカデミーの近くにある、シッキム・テミの村で生まれ育った正真正銘田舎者のこの少年は、他に類を見ない「生まれつき空が飛べる」という珍しい特徴を持つ、特に何も考えてない少年である。 「だって、だって思いつかなかったんだもん!とっさのことだったし。……ふんだ!!どうせあたしはいつもお弁当忘れてくるパツィムとは違うわよっ、わーん」 「おいコラ、ちょっと待てぃっ!!」 「あーはいはい、落ち着いて」 口いっぱいのサラダをまき散らしながら椅子を蹴り飛ばして立ち上がる短気なパツィムを適当に制して、フェイブは甘い香りのするうす桃色のカップをそっと前に差し出す。 「ほら、このお茶でも飲んで。…もういいじゃないですか。嫌なことはキレイサッパリ忘れてお昼を食べなさい」 「そうだぞ、フィー」 おおざっぱな励まし方をするフェイブに、クゥはパツィムの「口からサラダ攻撃」から避難していた自分の弁当を机上に戻しながら、大きく相槌を打った。 「授業2つを犠牲にして買った昼メシだ。食わないともったいないぞ」 「ウッ…」 思わず青くなるフィー。 クゥ・カーヤンには全くといっていいほど悪気はなかった。ただただマイペースなだけである。 パツィムが何も聞かなかったような顔で、ひっくり返した椅子を静かに元に戻し出した。 そしてそのはすむかいで、励まされているはずが、何故かどんどんヘコんでいる多感なフィーリイア14歳。 「フィー、元気出して!」 「あぁ〜、セイミー」 残ったセイミにぐっと元気に声をかけられ、テーブルにへばりついていたフィーはヨロヨロと少しだけ顔を上げた。嘘もお世辞も言えない純真そのもののセイミに励まされると、慰められはしなかったが、ちょっとなごんだ。 「ご飯食べよう。あと一時間授業あるよ。元気つけないと」 「ご飯食べたいけど……食べるけど、なんだか憂鬱でたまらないのよセイミ。はあぁっ、あたし寝坊で遅刻なんてしたこと無かったのにぃ」 「サボったことならあるけどな」 ボソリとつぶやくパツィムはとりあえず無視。 「しかも、昨日みんな補習受けてて寝過ごしたのあたしだけだなんて、ショックぅ〜〜。…パン屋さんはノンキだし、ミセスは陰気に昨日のこととか一昨日のこととかそのまた一昨日のこととか怒るしさ、おまけに習ってもない授業の課題は出されるし………おに―――!!」 魂の叫びであった。 フィー自身に責任があるとはいえ、ミセスの顔を思い浮かべるとみんな同情を禁じ得なかった(失礼)。ついこの間、マジックユニオンの長の名前を答えられなかったがために、その名前を調べて500回書き取るように、という意味があるのかないのか分からない課題を出されたパツィムなど、がらにもなくアンニュイな表情で「思い出し苦しみ」に浸っている。 「………あっ!」 本人と同じくらい弱り切った顔をしていたセイミは、何を思ったのか突然パッと顔を輝かせた。 「そうだ!ねぇねぇ、ぼくが気持ちが落ち着くお茶、作ってあげようか?」 「「ゲッ!!!」」 フィーははじけたバネのごとく、勢いよく飛び起きた。 「ホホホ、セイミ大丈夫よっ。フェイブが入れてくれたお茶もあるし。ホラッ、もうこんなに元気にパン食べてるわよあたしっ!!」 「えー、でも」 「ほんとだっ、セイミが励ましてあげたおかげで、フィーのヤツあんなに元気にパン食ってるぜ!すげーなあセイミ、よっ色男!!もうお茶飲まなくても大丈夫だ、なぁ?」 巻き添えを食うことを恐れたパツィムが助けに躍り出る。 「そ、そうねパツィム!ホホホホ」 「そうだともフィー!ハッハッハッ」 “気持ちが落ち着くお茶”という名前だからといって、本当に気持ちが落ち着くとは限らない。 いや、気絶したら多少は落ち着くかもしれないが。 とにかくセイミの作ったお茶とはそういう代物であった。 アカデミーのあるニルギリの大森林は、いまだ果てを知る者のない深い謎に包まれた森だ。セイミ・スランドゥイルはペティアガーラでもシッキム・テミでもなく、このニルギリの森で生まれ、この辺の森を庭のようにして育った大変珍しい少年である。 その珍しい少年は、アカデミーへと入学し、魔法薬学という素晴らしい学問に目覚め、先生も知らないような薬草だか毒草だかを見つけてきては、世のため人のためになるお茶を作るという研究を独自におこなっていた。 やっていることは天才的であった。 が、結果はただひたすらに危険街道を突っ走っていた。 毒薬研究の方が向いているのではないか、というのがもっぱらの噂である。 被害者の1位と2位を争っているフィーとパツィムは、今これ以上ないほど堅く結束し、これ以上ないほど素晴らしい笑顔を浮かべていた。 ちなみにクゥは胃も体もカナヅチで叩いても平気なほど頑丈で、味にもそうこだわらないほうだったので、この結束に加わることはできなかった。無念である。 「そっかぁ。じゃあ、お茶はもう必要ないんだね」 少々残念そうに、セイミは出しかけたティーセットをしまい込む。 (回避) ホーッと息をつく2人。 「でも、フィーが元気になってよかったぁ」 「「ウッ」」 (…………ごめん、セイミ) セイミの心からの言葉に、パツィムとフィーはひっそりと心で血の涙を流した。 しかしなんとか顔を上げ、ぐっとセイミの手を取ると、 「ありがとう。本当に(ある意味)セイミのおかげで元気になれた気がするわっ」 勢いでゴマカすことにした。 「やっぱり持つべきものはいい友達よね」 「えへへー」 「よかったなぁ、セイミ。もちろんフィーも」 「うむ、よかった」 「ああ、ヨカッタですねぇ」 感謝と感動と懺悔と、よく分からない青春のサワヤカ感が入り交じった、何とも言えない空気が場に広がった、その時だった。 「で」 ガッシャン!! カップを乱暴にソーサーに戻す音と、とげとげした低い男の声が、無遠慮に和やかな空気に割って入った。 ぐるりっ、と5人の視線が声の主に集中する。 今まで何が起こっても我関せずで、寡黙に口を閉ざし続けていたヘック・ネック、その人だった。 「……で?」 「それで!」 ヘックは下級生から「ヘビ」と恐れられているつり上がった目をギラリと見開き、地の底から這い出てくるような低い低い声でイライラと一言言ってのけた。 「パン屋の娘は何をおまえに頼んできたんだよ!」 どうやらそこがとても気になっていたらしかった。 |
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