プロローグ
彼女にとって、彼は世界のすべてだった。
いつだって太陽は彼のために昇ったし、花は彼に手折られようと咲き誇った。小鳥は彼の窓辺に集い、彼が微笑むと歓喜の歌をいっせいにさえずる。そして……。
そして、そんな彼はその生涯のすべて、ずっと自分のそばにいてくれると彼女は信じていた。信じて疑わなかったのである。
その日が来るまでは。
あの日、幼なじみの彼アーノルドは、窓から差し込む日差しを背に満開のヒナギクのような笑顔で彼女にこう告げてきたのだ。
「聞いておくれ、プリシラ。ぼく婚約したんだ。もうすぐ結婚するんだよ」
――どうして、アーノルド?
あなたはわたしのことを他の誰よりも愛しているはずだった。いいえ、愛していなければいけないのよ。
アーノルドはうっすらと頬を染めて夢を語る少年のように瞳をきらめかせ、珍しく饒舌に話しを続けている。
プリシラはてのひらが冷たくなるほど強く拳を握りしめた。
許せない。
許さないわアーノルド。
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