4:がんばれ使用人

 いくらお嬢様がやる気満々に「やってやる」と宣言したとしても、
 実際に「やる」のは使用人である。
 プリシラの場合、人材的にも状況から考えてもそれはグレンとリーであること に間違いはなかった。

 空は相変わらずの陽気な晴天。
 大きく軋んで止まった荷馬車から、オレンジバレーの乾いた赤土に降り立った 大男は重々しい空気を鎧のように身に纏い、到着したその場所を見事なしかめっ 面で見据えるのだった。
 長く続く石組みの壁に現れた鉄の門はシュタイン家の表玄関。対峙するように 垂直に立つ彼の姿は、紋章入りの金釦で留めたすねまで覆う紺碧のマントに、膝 までのブーツと革の手袋、腰にシンプルながらも目を引く剣をしゃんと差したど こからどう見ても騎士……の使用人である。
「グレンさんじゃないですかぁ!こんにちはっ」
 門の前で番をしていたシュタイン家の小姓が、やたらと目立つトードリアス家 の使用人を目にして飛び跳ねるようにぴょこりとお辞儀をしてみせた。十かそこ らの少年のグレンを映す輝く瞳にあるのは、ひたすらに尊敬と憧れ。少年はグレ ンが本物の騎士であると本気で信じていた。いや、この少年だけではない。グレ ンを知る人の半数は、彼の立ち居振る舞い、出で立ち、星をも揺り動かす騎士道 精神に確実にダマされて、あのグレンがまさか、ごくフツーにただの使用人だと は夢にも思ってなかったりするのだった。
 一番たちが悪いのは、グレンがその事実に全然全く気付いていないことだろう 。彼は他人の目なんて小さいことは気にしない。
「プリシラ・トランシス・トードリアス様より、アーノルド・アルス・シュタイ ン様へ結婚祝いをお持ちした」
 グレンが言うと、少年まで妙にかしこまる。
「は、はい!ありがとうございますっ。すぐに当主にお知らせします……ので、 ええと、どうか中に入ってお待ちください!」
 ハキハキと告げると、そんなに急がなくてもいいのにと気の毒になるほど大急 ぎで門をくぐり、屋敷のほうへと駆けていく。グレンは少年の背中を追うように 、門の向こう、シュタイン家の敷地へと視線を送った。
 おそらく式の準備のためだろう、忙しく動き回る人々がちらほらと目に付く。 荷馬車のまま中まで入るのをあきらめ、グレンは一度戻ると、プリシラの贈り物 を手に馬車を降りた。どうしても足取りは常より重くなる。こうしてシュタイン 家に入れば、ついに計画は動き出すのだ。
 一歩。また一歩。
 昨晩のリーの言葉が脳裏によみがえる。


『ンで、お前はどーすんだよ、グレン』
 彼はそう尋ねてきたのだった。
『103、104、105、106………』
『……おい、聞いてンのか?!』
『109、110、111、112、113、114、115………』
『――――…ったくよぉ』
 黙々と背筋運動をするグレンの足首に腰を下ろしたリーは、機嫌を悪くしてあ さってにガンを飛ばす。
 静かな夜だった。グレンの数える声と、それに合わせて床がギィ、ギィと唸る 音しか聞こえない。
 自分のした質問も忘れてしまう頃、小さな窓から見える月にリーが注意を取ら れていると、ふと、グレンの口から数字以外の言葉がこぼれた。
『オレは………』
 リーの視線が上下する短髪の後ろ頭に戻ってくる。
『お嬢様を、……犯罪者にするわけにはいかんっ………ひゃくはちじゅうろく! 』
 リーは片眉をくいと上げた。
『別に犯罪者っていうほどじゃねぇって。脅迫状のとおり人を殺そうってわけじ ゃねーんだし、怪我させるつもりもねえ。ただちょっと、深窓のご令嬢にビビっ てもらうだけだろ?アーノルドと結婚したくなくなる程度に』
『違わん!』
『――――それに……』
 突然ぐっと低くなり、いつものふざけた調子とは一転、真剣味を増したリーの 声色。怪訝そうにグレンは動きを止め、立ち上がったリーのほうへと振り向き、 向き直る。
『それに例え犯罪者になるとしたって、それはお嬢じゃないぜ。オレと、お前だ グレン』
 ニヤリと不敵に笑うリーにグレンは絶句した。
 それはつまりこういうことなのだろうか。プリシラのためなら罪を被っても構 わない、と。
 あのリーが。
 仕事はきちんとやるものの、どこかふらふらして忠誠心とはまるで無縁。やる 気もなければ気も利かないあのリーが。
 あまりにもジロジロ見つめていたところ、リーは嫌そうにしかめた顔をふいと 背けてしまった。背中には一つに編んだ小麦色の髪。
『お前はそれで本当にいいのか?』
 グレンの言葉にリーはちょっとだけ肩越しに振り向いて、そのまま窓の外へと 視線を向ける。
『なぁ、グレン。オレは結局何でも良かったのさ』
 月は煌々と夜を照らしていた。
『お嬢があんな風に傷付けられて落ち込んだままでいるのなんて我慢ならなかっ た。元気になってくれるンなら何でも良かったんだ。なんだってするさ』


 それにはさすがの私も激しく感動してしまったわけだが。
 それでこのように作戦を実行すべくシュタイン家にいるのである。
(しかし翌々考えてみれば、だからといって犯罪は許されないのではないか?! おのれリーめ、上手いことを言って、知っているぞ、あのあと妙に浮かれていた ではないか)
 例え3分の2はプリシラのためでも、残りの3分の1は「なんかおもしろそう だったから」とかそんな適当な理由に違いない。
 眉間に深く皺を刻み悶々とそんなことばかり考えながらシュタイン家の屋敷ま でを歩いていたグレンは、ふとざわめきの中から自分の名を呼ぶ声に気付き、我 に返った。地面に落ちていた視線を上げると、ちょうど正面にゆったりした絹の 衣を身に纏った上品な紳士が見えたのである。
(シュタイン卿!)
 こちらに向かって歩いてくる温厚で柔和なシュタイン家の主は、何故か珍しく 強張った顔で、後ろめたいところのあるグレンは心臓を捕まれる思いがしたが、 表には1ミリも出さなかった。石像のごとき精悍な面持ちでとにかく礼をしよう として――そういえば礼などできる状態じゃなかったことを思い出す。
「グレン…!嗚呼、いったいそれはどうしたんだい?!」
 シュタイン卿のあとを小走りで付いてきた門番の小僧も、あんぐりと口を開け て彼を見上げていた。その彼と言えば、大真面目に、
「こちらは我が主からアーノルド様への贈り物でございます。この度は誠に…… …おめでとうございます」
 ガッション!
 と地面に下ろされたのは見事な装飾の施された観賞用の甲冑(しかも全身鎧) である。コレを担いで、この上なく気難しい顔で、グレンはシュタイン家をガッ シャガッシャと闊歩していたのだった。
 なにも素でかつがなくてもいいのに…………。
 誰もがそう思ったに決まっている。式の準備をしていたシュタイン家の使用人 その他は果てしなく遠巻きに目を丸くしていた。わざわざ見に来てるのまでいた 。
 シュタイン卿、つまりアーノルド父はようやく曖昧ながらも頷いて、
「そうか、プリシラの……。これは、また立派な鎧だ」
 としか褒めようがないではないか。丁寧に感謝の言葉を述べてくれたものの、 笑顔はやはりというか、ちょっと困っていた。だが――。
「有り難き、祝いの品だ。プリシラ嬢への感謝の意を示して、式の間飾らせても らうことにしよう」
 心優しきシュタイン卿は親切にもそう申し出てくれたのだった。グレンが深々 と頭を下げている間にも、早速使用人達によって式場となる一角へと運ばれてい く甲冑。3人掛かりだった。
 太陽の光を受けてぴかりと輝くその後ろ姿を眺めていたシュタイン卿の口から ふうと重たげな息が漏れたのは、別にヨロイをプレゼントされてしまったからで はない。グレンに向き直ると彼はどこか申し訳なさそうに眉尻を下げてこういっ た。
「しかしまったくプリシラには悪いことをしたね。あんなにアーノルドのことを 好いていてくれたのに。わたしは息子には将来プリシラを…と思っていたんだが ………」
 何でもアーノルド坊ちゃまの一目惚れだったらしい。お相手はとある街の下級 貴族のお嬢様。昼寝中の子犬のようにのんびりのほほんとしたアーノルドだった が、目覚めてみればこれがけっこう手が早かった。
 しきりにすまながるシュタイン卿に、グレンは至って冷静に「とんでもありま せん!」と姿勢を正す。
「そのようなお気遣いいただきまして感謝に言葉もない次第であります!我が主 プリシラ・トードリアスも卿の温かいお言葉を聞けばそれだけでもう満足なので はないかと……!」
(そんなことはないだろうけど――)
(まあ、そんなことはないだろうけどなぁ――)
 図らずしも二人の意見は見事に一致したのだった。
 懐の深いシュタイン卿は、一瞬の沈黙など無かったかのように気さくにグレン の肩をとんと叩いて微笑みかける。
「とにかく折角来てくれたんだ。ゆっくりしていってくれたところで少しも悪く ないと思わんかね?ここは少々慌ただしいが、奥に行ってお茶でも飲みながら一 勝負してもらおうかな」
 チャーミングに片目を瞑りながら、ナイスミドル・シュタイン卿はチェスの駒 を置く仕草をしてみせた。促すように歩き出す彼につられて何となく一歩踏み出 したグレンは、しかしその体勢のまま唐突に凍り付く。
(いや、駄目だ!)
 のこのこ静かな場所について行ってしまえば、計画は実行不可能になってしま うではないか。奇怪な動きのグレンに、シュタイン卿が怪訝そうに振り返った。 思い出したように心臓が自己を主張しだす。
 今だ。やるなら今しかない。
「シュタイン卿!!!」
 周囲が驚くほどの大声で彼を呼ぶと、グレンは素早く腰に差した剣に手を掛け た。卿の双眸が見開かれるのがスローモーションのようにこの眼に映る。抜き放 った白刃が太陽の光を受けるのを視界の端に捉え、グレンは心中で低く呻いた。
 ああ、まさか……お嬢様を守るために身につけた剣を、こんなふうに使うこと になろうとは――!!!



「トードリアス家が家臣グレン!アーノルド・アルス・シュタイン様のご結婚を お祝いして、剣の型を披露させていただきたい!!」
 ………………………………………。
 ……………………………………………。
 ……………………………………………………はあ?
 というのが反応のすべでである。
 放っておけばそのままやりだしそうなグレンに、いち早く金縛りから解かれた シュタイン卿が慌てて待ったをかけた。
「せ、折角だがね、グレン。今はアーノルドもエレーン嬢も居ないんだよ。だか らもし良ければ式の時に…その、君の剣技を披露してくれないかい?」
 突拍子もないグレンの行動に果てしない親切をさしのべる卿の言葉を、
「式でお見せするほどの腕前ではありません故!それでは始めさせていただきま す!!」
 一言でスッパリとお断りし、いったいどうしたのと尋ねたくなるほど問答無用 にとうとうグレンはぽかんとするシュタイン卿の前で剣を振り回し始めたのだっ た。
 きぇーい、せーい、どりゃー……と無駄に大きい騎士かぶれの声がシュタイン 家中に響き渡り、家中の人々が何事かと仕事もそっちのけで見物にやってくる。 オレンジバレーのような地方では、王都と違い騎士を見かけること自体が非常に 希だ。(騎士じゃないけど)そんな物珍しさと、外見にも負けず劣らず様になっ た剣捌きに、見物人からは楽しげな歓声が上がった。
 ただ一人眉根に皺を寄せ、一心に剣を振るうグレンの奥歯がギリリと鳴るのに 、いったい誰が気付いただろうか。

『とにかく目立てよ』
 それがリーの唯一の注文だった。
(おのれ、リー!)
 今頃、人気の無くなった裏口辺りから、ヤツは堂々とシュタイン家に侵入して いるのだろう。そして式当日に花嫁をビビらす、ありとあらゆる仕掛けを作るの だ。こっそり密かに。
(私にこんな真似をさせおって!覚えていろーーーーーーーっ!!!)
「うおらあぁぁぁぁあぁあぁぁぁっ!!!!」

 幸いなことに――、
 鎧をかついでいた騒ぎの時点で、既にリーが上手く屋敷へ忍び込んでいたとい う事実を、グレンは最後まで知らなかったという。

 リーが帰ってこないまま夜は来て、また次の夜が過ぎゆき、
 そしてついに、結婚式の朝はオレンジバレーにやってきたのである。






プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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