6:戦闘開始(前編)

 式はまず誓いの儀によって始められる。これは、参列者の中から特に親族や近 しい人間が招かれ見届け人として見守る中、屋内の一室で厳かに執り行われるも のであった。
 明かりとりの小窓から息をひそめて中をのぞいたグレンの目に、整然と並ぶ彫 刻の美しい長椅子と、それにずらりと腰掛けてどことなくそわそわとした参列者 たちの姿が映る。やめておけばいいのに、しっかりプリシラも居座っていた。気 合十分、やたら前のほうに陣取っている。
(ああ、お嬢様……!)
 あなたって人は。
 万が一にも疑いがかからないように、大人しくしていろとあれほど言っていた というのに。
 頼むから退席してくれと全力で念を送っていたところ、不意に後方の扉が大き く開いて、ざわめきと共にグレンの思考も一瞬途切れた。一点に集中した視線の 先には本日の主役、純白に染まった花嫁エレーンが、桃色のリボンを掛けた花束 のように外からの光を浴びて立っていた。
 そう、エレーンはまさに今日の主役であった。
 フェレストノアール家の一人娘エレーンは幼少の頃病気がちだったこともあり 、屋敷の奥にて人目にさらされることもなく、大切に大切に育てられた乙女だっ たのだ。まさに秘密の花園。壁越しとはいえアーノルドの目に触れたのは軌跡に 近い偶然であったという。
 と、いうことはつまり、今日集まった招待客にしてみれば、真珠のご令嬢を確と見る初めてで絶好の機会なのだ。しかもフェレストノアールのお嬢様といった らかなりの美人であるとの噂が突っ走っていたため、訪れた人々といったらそれ はもう興味津々でやって来たのであるが、どうやら膨らみきった期待は裏切られ なかったようで、どの瞳にも賞賛の色が濃く浮かんでいるのだった。(一人を除 く)すでに外の会場ではその話で持ちきりである。しかし――…。
(いったいどのへんが病気がちだったというのだ。至って健康ではないか!)
 過去の面影ナッシング。
 とりあえずいちゃもんをつけてみるグレンは主(あるじ)に忠節だ。少々ズレ てはいたが。
 健康も健康、トップクラスの健康を誇るようなつやつやした少女の歩くバージ ンロードの先で待ち受けているのは、一見パッとしないものの誠実さのにじみ出 る好青年アーノルド。プリシラの幼なじみで彼女の大好きな彼は、振り返ると柔 らかな笑顔でまっすぐに手を差し伸べた。その手を取り腕を絡めるのは、プリシ ラではなく桃色のエレーン。恥ずかしそうに笑う。

 あ……………。
 なんだか非常に
 やばい
 気が。
 プリシラお嬢様がイライラしていらっしゃる。
 だから……だから言ったというのに。
 グレンが頭を抱えているなど露知らず、三段ばかり高くなった壇上では、アー ノルドとエレーンが街の年長者の前に進み出、身をかがめていた。
「アーノルド・アルス・シュタイン」
 彼の名前を呼ぶ低くしわがれた声に、プリシラに気を取られはらはらしていた グレンもはっとして現状を思い出す。
(まずい、ぼーっと眺めている場合ではなかった)
 最後にもう一度しかめっ面でお嬢様に“辛抱!!”と念を送ってから、慌てて 窓を離れる。リーのくれた「仕掛けメモ」を頼りにぐるりを見渡した。式部屋の 隣室の、天井裏とも言えそうな二階部分は、狭かったが大きな窓のおかげで明か りがいらないほどに光が入り込み、微かに埃をきらめかせている。
「汝、健やかなるときも、病めるときも、これを妻として共に住み、死が2人を 分かつまで、彼女を助け、敬い、愛し続けることを誓うか――」
 隣から微かに聞こえるいかめしい声が尋ねている。
(はやく…見つけなければ――)
「はい、誓います」
 一筋のためらいもなく、アーノルドは真摯に答えた。
(どこだ――――?!)
「エレーン・イエンナ・フェレストノアール」
「はい」
「汝、健やかなるときも、病めるときも……」
 ついにエレーンにも言葉が向けられたそのとき、
(………………あった!!)
 グレンはようやく積まれた木箱の裏側で、リーの作った仕掛けを見つけること に成功した。
 天井のほうへとのびる透明で細い筋が2本と、ロープが一本。迷う間など無い 。
「………愛し続けることを誓うか」
 引き抜いたナイフは一番左の線をいとも簡単に断ち切り、グレンはそれが吸い 込まれるように上方に消えていくのを見たような気がした。それはエレーンが「 はい、誓います」と言いかけたときのことであった。

 ガシャーーーン!!!

 空気を切り裂くように響いた音に、誓いの間は一瞬耳にいたいほどの静寂に包 まれる。
 次いでさざ波が押し寄せるようなざわめき。
 小窓にそっと身を寄せたグレンが見たのは、壇上左隅で派手に倒れ、散らばっ た燭台だった。
 風もないこんな室内で、なぜ燭台が――?
「た、大変申し訳ありませんっ!!!」
 シュタイン家の使用人があわてふためいて、燭台と砕けたろうそくを片付けに かかる。
「ごほっ!ごほん!!」
 長老の神経質な咳払いで、ざわめいていた参列者も、思わずぽかんと燭台の行 方を見守っていた新郎新婦も何とか現実に引き戻されることができた。今は一生 に一度、神聖なる誓いの真っ最中だ。
「……………あ。ああ、ハイ。ちかいます」
 こんな誓いで、果たして良いんだろうか。
 グレンは深く頷くのであった。
 妙な沈黙の広がる部屋の中に、長老のカラ咳がえへんえへんと虚しく響き渡る 。
「で、では指輪の交換を……ん?」  不吉さただよう燭台落下の影を払拭し事態を円滑に進めんと声を大にする長老 殿だった――が、その努力をあざ笑うかのように、真っ青な顔をしたシュタイン 家の使用人(♂)がバージンロードを全力で疾走してくる。彼はアーノルドとエ レーンの横を素通りし、長老の前で急停止すると、誰にともなくぺこぺこと頭を 下げた。
 誰もが唖然とする中、使用人は今にも失神しそうな悲惨な面相で、ナニやらひ そひそと長老に耳打ちし、また全力で走り去っていった。残されたご老体は、嵐 のような使用人の顔色がそのままうつってしまったかのように土気色。
 アレだ、異国のミイラに似ていた。
 棺などとセットにしたらバッチリ似合いそうなそのお姿は、思いも掛けずナイ スな不吉さを醸し出してくださっていた。
「ならば次は誓いの証である!」
 なにが「ならば」なのか見事にわからない。
 が、とにかく指輪の交換はムシされ、強引に先へと進められてしまったのであ る。招待客は眉をひそめ首を傾げるばかりだったが、しかしグレンは事の理由を 知っていた。指輪の交換は「しない」のではなく「できない」のだ。どうしても 。
(うむ、順調にわけのわからぬ空気が充満してきたな)
 いささか順調すぎるくらいだ。
 だが、ここでちょっとばかり想像だにしていなかった出来事が勃発した。
「……ちかいのあかし?」
 エレーン嬢が小ウサギのように小首を傾げて呟いたのだ。
 長老はこめかみに痛みを覚えた。リハーサルくらいしておきなさいと唾をまき 散らしたいところをぐっと我慢し、厳粛な面持ちで頷いてみせる。
「誓いに嘘偽りの無きことを、口付けによって示すように」
 口付け。それはキッス ユー。
「ええええぇえぇぇーーっ?!!」
 あまりにもすっとんきょうな声に、そこにいた誰もが耳を疑い、顔を見合わせ た。アーノルドといえば目を丸くしてパチパチとまばたきしていたのだけれど、 どちらかといえば花嫁の奇声にというより、彼もまた“誓いの証”に驚いている ようだった。
 周囲の反応に、さすがにマズかったと思ったのか、エレーンはもじもじとブー ケを扱いながら、
「あのぅ、あたくし、人前でその…口付けはちょっと……」
 可愛らしく上目遣いにうふふと笑う。
 がしかし、ストレスの溜まったお年寄りにそんな笑顔が通用するわけもなく、 苛々と青筋だったミイラがずずいと寄ってきただけであった。
「いまさら何を言っておられるのか。これは2人が夫婦になるための神聖な証で あるぞ。恥じらいなど無用!」
「―――――っ」
 エレーンは救いを求めるようにアーノルドに視線を向けたが、彼は困ったよう に首を捻るのみで、
「ぼくは別にかまわないけど」
「セッ………ア、アーノルドさま?!」
 ちがう、そういうことではなくて……!
「ほれ、花婿もこう言っておることだし」
 さっさとしなさいと長老がスゴむ。
 なおも花嫁が固まっていると、もはや力ずくで長老によって向き合わされてし まった。促されるままにアーノルドがヴェールの幕を取り除け、手に汗にぎる観 客(招待客)がごくりと唾を飲んだ―――そのとき。

 耳にいたいほどの金属音が、再び場にわんわんと鳴り響いたのである。
 音の出所は、今度は壇上右隅に倒れて散った燭台。
 皆が皆、冷水を浴びせられたような強張った表情と心持ちでその場に凍り付い ていた。
 息も詰まるほどの静けさの中、一歩踏み出した長老の声がひび割れのように耳 につく。
「これは……」
 いったいどういうことだ?
 一度目は偶然。しかし二度目はそれでは済まされない。
「この結婚、大丈夫なの……?」
 誰かがポツリとささやくのが全員の耳に届き、それは拭えないシミのように胸 に染み入り、こびりつく結果となったのだった。そして―――。

「つ、疲れる………!」
 今なのかまだなのかとタイミングを計るのに神経をすり減らしたグレンが、隣 の二階でガクリと頭を垂れていたらしい。





プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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