7:パーティをぶちこわせ(前編)

 おのれリーめ、なんという恐ろしい奴だ。
 誓いの儀式の招待客よりも一足先に外の会場へと戻ってきたグレンは、庭木の 間にさり気なく身を置いて低く毒づいた。
「あの馬鹿、アーノルド様たちを殺す気か。何が『怪我をさせるつもりもない』 だ!一つ間違えれば大惨事ではないか」
 気持ちよく青ざめたグレンの呟きも、ざわめきに飲み込まれてすぐに泡と消え てしまう。
 庭園に設けられた“何も知らない”会場は、すでにめでたい席にふさわしい華 やいだ喧騒でいっぱいに満ちていた。誰かの爪弾いた弦にあちらからもこちらか らも音は重なり、音色となっていく。それに合わせて踊りだす人々の陽気なステ ップ。パーティに先だってふるまわれたグラス一杯のぶどう酒は、シュタイン家 秘蔵の絶品だ。続々と運ばれてくる料理はどれも芳しく、庭を飾るオレンジの花 は満開で、花嫁は文句なし。「こんなにいい日は他に無いさ」と老貴族の歌声が 朗々と響き渡るのに、誰もが心のそこから同意する……、
 そんななか。
 大変重い足取りでやってくる、葬式帰りのような疲れた一団があった。
 “幸運にも”誓いの儀式に招待された近親者のみなさまである。
「これはこれは皆さんお帰りで。と、いうことは、式は終わられましたかな。さ ぞかし良い式だったことでしょう」
「まったく!こんな天気ですもの、始めはどうしたものかと思っていましたが、 いやはや、そんなこと、ご婦人の睫毛の先ほどにも気にすることじゃあございま せんなぁ。はっはっは!」
 外待ち組の顔から笑顔はあふれんばかり。ずいぶん前に空にしたはずのグラス をいまだに握り締め、「アーノルド君とエレーン嬢に祝福を!」と高々曇天に掲 げてみせるのだった。
 そのとき、誓いの儀式に赴いた彼らは、
(感じる……)
 感じたという。
(なんだこの埋められない深いミゾのような感覚は―――!!)

 すべてを物陰から覗き見ていたグレンは、最後尾を歩いてくるプリシラの姿に 気付いた。
(ああ、お嬢様…!)
 あのようなショッキングな場面をお目に入れてしまうなんて!
 さぞかし恐ろしかっただろうと植え込みの葉を握りつぶすグレンであったが、
「………元気でいらっしゃるな」
 当のお嬢様といえば、けっこう元気にのしのしと歩いてきていた。目にもどこ となく力が感じられる。
「…………………」
 そのとき、唐突に響いたのは金色の鐘の音であった。
 カローン  カローン  カローン  カローン
 丸い音が軽やかに鳴り渡り、庭園からは一瞬それ以外のすべての音が消えた。 次にはいっせいに歓声が上がる。待ちきれずに舞い上がる花弁は淡雪のようには らはらと。花婿と花嫁が登場するのだ。
 鐘はちょうど10回。南に向いた樫の分厚い扉がひらき、足並みをそろえて出 てくるのはアーノルドとエレーン。晴れの姿を披露し、祝う宴が始まるのである 。


 皆の視線が吸い寄せられるように本日の主役に向かう中、グレンは何気ないし ぐさで身を屈めると、草陰に押し込むようにしてそっとナイフを抜いた。すぐそ ばの植え込みの根元には土と一体化したようなロープが横たわり、どこかへと折 れ曲がりながら伸びている。始めのような失敗は2度としない。もはや準備は万 全である。新郎新婦の入場からさっそく仕掛けを炸裂させ、宴を台無しにしてや ろうという、リーの陰険な作戦は完璧だ。
 ロープを切るタイミングは、アーノルドとエレーンが館から三本目のオレンジ の木を横切った瞬間。
 誓いの儀式の最中あんなことがあったにもかかわらず、2人はにこやかに笑顔 を振りまきながら庭園に用意された席へと予定通りのコースで進んできていた。
 一本目。………二本目。
 招待客の声に足を止めて会釈を返し、駆け寄ってきた女の子から一輪の花を受 け取り、歩みはゆっくりと。しかし確実に。そして、
 三本目。
「オレンジバレーの若きオレンジ貴族に栄光と繁栄あれ!おめでとうアーノルド 」
 友人の若い貴族が茶目っ気たっぷりにかけた言葉に2人が顔を向けたのと、… グレンが仕掛けのロープを切ったのは、全く同時の出来事だった。
「ありがとう!………ええと」
 笑顔のアーノルドの頭上にゆっくりと影が差すのに気付いたのは、そのときグ レンだけだったかもしれない。おそらく三本目と四本目の木の間から、ぬっと不 気味にでかい頭をあらわしたのは、なんと、
(おおおおお嬢様の全身ヨロイ(観賞用)――――!!??)
 なんと、プリシラが結婚祝に贈り、グレンが運んだあの鎧だったのである!
 リーの大馬鹿、いったい何を考えているのだ。
 雄々しいポーズを取ったまま、重力に抗うことなく2人の上に傾いていく鎧が 、まるでスローモーションのようにグレンの目に映る。当の本人たちは、よそを 向いていたせいで気付くのが遅れた。このままでは……。
(下敷きに…!)
「上だ、危ない!!」
 気付いたときには大声を発してしまっていた。アーノルドとエレーンは目を丸 くし、グレンの声に促されるように上を見上げたのではあるが、そのときはもう 、覆い被さるように冷たい鉄色の銅が眼前まで迫ってきていたのだ。
(間に合わない!)
 立ち上がったグレンが思わず一歩踏み出し、遅れて招待客からの悲鳴、そして 誰もが目をぎゅっと閉じたそのとき。

 ガション…!

 倒れた……にしては妙な音だった。
 恐る恐る目を開けたグレンが見たものは、先ほどとほとんど同じ位置に無事な 姿で立つアーノルドとエレーンと、それから。一歩踏み出し崩れかかった自らの 体勢を立て直す、鎧の姿である。
 おっとっとー。(ガション)あー、危ない。もう少しで倒れちゃうところだっ たよー。
 まさにこの状態である。
 何が起こったのか理解に苦しむ人々が呆然と見守るなか、鎧は
 ガション!
 さらにもう一歩踏み出し、
 ガション ガッション ガション ガション ガション  ガション ……。
 会場を堂々と横切って、角を曲がりやかたの向こうへと消えていった。後に残 されたのは、ぽかんと口を開けたみなさまと、遠い異国の空のごとき沈黙。
「……………あ、ああっ!」
 なぜかあせったその声にそちらを見れば、桃色の髪のエレーンお嬢様がすばら しい笑みを浮かべて、夢見るように胸の前でてのひらを合わせているところだっ た。
「まあ、なんて素敵なパフォーマンスですこと!」
 その一言に、立ちこめていた謎の空気があっという間に霧散する。
(ああ、そうか)
(なるほど)
(演出だったのか)
 とたんに打って変わって拍手喝采。さすがシュタイン家、やるな、素晴らしい と賞賛の声は飛び交い、感動と興奮の中、アーノルドとエレーンは残りの行進を 終え、着席したのである。

「そうだったのか……!!」
 誰よりもあぜんとしていたグレンは、すばやく身をひそめた木の影で衝撃的に 納得していた。
 すごいな、リー。おまえは仕掛けの天才だ。あんな鎧を動かすなんて仕掛けを 見たのは生まれて初めてだぞ。
(………………………。)
 だがしかし、
「誰一人コワがってないようだが……」
 むしろ大喜びなのが気になった。


「ただいまより、シュタイン家、フェレストノアール家の結婚披露宴を開宴いた します」
 ともかく、シュタイン家の老執事の宣言により、妙に盛りあがったまま婚宴は 始まった。
 さて、その老執事と入れ替わり、まず始めに前に立ったのは花婿の父シュタイ ン卿だ。シュタイン卿は、なぜか全力疾走した直後のように乱れた髪をさっと一 撫でして、大きく息をつくと、いつもの気さくな笑顔で招待客へと大きく両手を 広げてこう言った。
「わたしの親愛なる皆様!本日は我が息子アーノルドとエレーン嬢のためにお集 まりいただき、ありがとうございます。今日という良い日を皆様と共に祝えるこ とを心から嬉しく思っています。婚宴へようこそ!どうか飲んで、食べて、踊り 、おおいに楽しんでくださいますように……!」
 簡潔ながら心のこもった歓迎の挨拶に人々が喜び叫ぶ中、いや、わきあがる歓 声よりももっと前だったろうか、一人の地味なマントの男が静かに戸をくぐり、 屋敷の中へと消えていったのに気付いた者はどうやらいなかったようだ。次の作 戦のために、グレンがもぐりこんだなんて知る由も無い。人々の注意は次に祝辞 を述べんと前に立った町長に集中しきっていたのだから。町長は――、
「ぜぇぜぇ……アーノルド…くん、ひぃはあっ、エレーンくん……げほっ!結婚 おめで…と……うっ!」
 完全に息が上がっていた。
(いったい、何があった―――?!!)
 日に2回の祝辞はつらいよ。

 聞いているほうの息が詰まりそうな苦しい祝辞が続く中、グレンは2階の窓辺 にそっと姿をあらわしていた。すでに次の準備は整っている。手の中にはいびつ なかたちの針金のようなもの。白いクリームでべたべたしたそれは予定通りグレ ンの掌に収まり、後は、
(時が来るのを待つのみ!)
 どうやら祝辞も何とか終わったようで、町長が汗をふきつつ丸い体を折り曲げ て礼をしているのが見えた。常より二割減の祝辞であった。
 庭園が一望できる2階のこの部屋は、アーノルドとプリシラがよく一緒に勉強 していた場所だ。邸宅の中は忙しさにキリキリ舞いの厨房他一部を除いて、奇妙 な静けさで満ちている。こち、こち、と時計の刻む音がやけに耳についた。探す こともなくごく自然にそちらに目をやったグレンは、時の経過に嘆息し、そして ふと気付く。
「それにしても、リーは遅いな」
 まどからぐるりとみわたせば、えっちらおっちらと脇に退く町長、また、腕を 組んでまっすぐ前を睨みつけるプリシラの姿も目に付いたが、肝心のリーはどこ にも見当たらない。確かアーノルドが偽者だと気付いたら、すぐに加勢に来てく れるはずではなかったろうか。それにしては遅い。いくらなんでも遅すぎる。
 まさかどこかでサボっているのではあるまいか。
「だとしたら許さん!」
 帽子のつばが折れるほど窓にへばりついたグレンがにぎわう庭園に見たものは 、にっくきリーの胡散臭い姿ではなく、手を叩いて大喜びする群集と、それから 、リボンと花束で飾られた台車にのって運ばれてくる豪華三段重ねのウエディン グケーキであった。
 グレンは思わず窓枠を砕かんばかりににぎりしめた。
(き、来たか――――!!)
 いや、来なければ困るのだが。
 粉雪をまぶしたかのような純白のケーキを飾る、繊細なクリームのドレープ。 彩る色とりどりの果実はつやつやと光り、それはまるで銀と宝石の細工物だった 。
 目の前に届けられた立派なウエディングケーキに、アーノルドもエレーンも子 供のように瞳を輝かせ、尊敬のまなざしで見入っている。二人が共に手に取るの は、意匠を凝らした装飾の長いナイフ。初の共同作業だとか何とかいわれるアレ だ。
「ウエディングケーキの入刀でございます」
 楽器を持っていた幾人かが好き勝手に吹き鳴らす。
 銀のナイフが慎重にケーキへとあてがわれた。
 グレンは、期待に満ち満ちた招待客と、心を込め血と汗をにじませ作ったので あろうケーキ職人と、頬を紅潮させこの上なく嬉しそうにケーキに向かうアーノ ルドとエレーンに心のそこから謝罪しつつも、願わずにはいられなかった。
 勢い良くさしこんだナイフの先に、ガツンと当たった固い感触。アーノルドと エレーンは顔を見合わせ首をかしげた。
(よし!)
 グレンは先ほどケーキから、まさにあのウエディングケーキから引っこ抜いた 安全装置……つまりは暴発予防装置を力の限りにぎりしめた。
(行ぃけぇええぇえぇええ――――!!)

 ばうぅん……!!!

 くぐもった炸裂音と同時に三段に重ねられた芸術的ケーキはぱっとかたちをな くした。消えたのではない、内側からはじけたのだ。声を出す暇もなかった。ウ ソのように宙に踊るスポンジとクリームの中に混ざるのは、リーの仕掛けた黒い 鉄のかたまり。
 それは一瞬の出来事だった。
 グレンが口のはしに「やった!」の笑みを作ろうとしたほんの一瞬の。
 こなごなに飛び散った…はずのかけら、その一つ一つが何を間違ったのかすべ ての法則を無視してスゴイ勢いで台の上に戻ってきたのである!
 吸い寄せられたそれらは、まばたき一つもしないうちに、なんとケーキになっ ていた。ネジを巻いて時を巻き戻したかのように。元と一ミリたりとも違わない ウエディングケーキが。
 花婿と花嫁は……何事もなかったかのようにウエディングケーキ入刀!
 にっこり笑顔を惜しげもなく振りまいた。
 グレンの足元にぽたりと例の安全装置が落ちる。
「……………あっ」
(有り得ない――――――!!!)





プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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