3:届けられた手紙

 結婚式もとうとう一週間後に迫ったその日の早朝、シュタイン家に一通の手紙 が届けられたという。
 差出人の名前はなし。
 宛名は几帳面な字で"アーノルド・アルス・シュタイン様"。
 てっきり結婚祝いか何かと思って封を切ってみれば、中には封筒と同じ筆跡の 便箋が一枚。内容はこうであった。
『シュタインとフェレストノアールの結婚を取り止めよ。でなければ、花嫁の命 はないと思え』

 リーの伝えたその情報は、プリシラとグレンを驚かすには十分すぎるほど十分 だった。
 グレンなんかは"まさかお嬢様が?!"と本気でギョッとしてしまった。最も次 の瞬間プリシラがあげた驚愕の声で疑いは晴れてしまったのだけれど。めざとい リーがツッコンデこなかったということは、リーだってちょっとは怪しんでいた のかもしれない。なかなか信用のないお嬢様である。
 彼女は尋ねた。
「それは本当なの、リー?」
「お前のことだ。またいい加減なことを言って面白がっているのではあるまいな 」
 あからさまに疑いのマナコを向けてくるグレンに、心外だとリーは肩を竦めて みせた。
「冗談!確かな情報だ。アーノルド坊ちゃんとこのモニカから聞いたんだぜ。間 違いないって!」
「何ぃ?!お前まだシュタイン家のメイドにちょっかい出してるのかっ!!」
 勢い良く立ち上がったグレンだったが、
「グレン!あなたはちょっと黙ってなさい!!」
 13も年下のお嬢様に一喝されて、すごすごと応接用の椅子に逆戻りする。プ リシラは、妙に小さくなってしまった彼から隣りに座るリーに視線を移した。
「………それで?」
「ああ、……ええと、手紙が届けられたのは4日前の早朝だったらしい。切手も ねぇし郵便屋も知らねえっつーから犯人が自分で持ってきたんだろうな。まあ、 今のところは手紙が来ただけで、とりあえず何事も起こってないらしいぜ」
 真剣な表情で考え込むように聞いていたプリシラは、ややあって重たげにのろ のろと口を開いた。
「それで……アーノルドはどうするつもりなのかしら」
 グレンがこれ以上ないくらい心配そうな顔をしているのが見なくても分かる。 一方のリーといえば、いつもの飄々とした感を崩すことなく、少し笑ったような 目に不思議な光を湛えていた。それはまるで何かに挑戦するような色で。
 一瞬だけちらとグレンに視線を走らせて、リーは言った。
「アーノルドは結婚する気だぜ、お嬢」
 僅かに、沈黙が支配する。息も詰まるような沈黙が。
「脅迫に従う気なんて更々ねーってよ。結婚式の準備も着々と進んでるみたいだ しな。アーノルドなんかすげーんだぜ。嫁さんが危ないってんで毎日そっちの家 に行って朝から晩まで一緒にいるらしい。"自分が守る"ってさ。あのアーノルド 坊ちゃんが……」
「リーッ!!!!」
 調子に乗ったようにぺらぺらと捲し立てるリーに、彼が『お嬢』と呼ぼうが『 アーノルド』と呼び捨てようが汚い言葉を連発しようが、ひたすら黙って我慢し ていたグレンもとうとう限界を超えた。重い椅子を弾き飛ばさんばかりの勢いで 立ち上がり、リーの襟首に掴みかかる。
「いい加減にしろこの馬鹿!!」
 するとリーはムッとして、思いのほか力強くグレンの手を払いのけた。
「本当のことだろうが!」
「お嬢様のお気持ちも考えろ!!」
 そして2人がお互いに取っ組み合おうとしたまさにそのとき―――。
「わたし――…・・」
 さほど大きくはなかったが、良く通るプリシラの声はグレンとリーの声だけで なく動きも封じて凍り付かせた。俯いていて表情は見えない。しかし、膝の上で 握った細い手が微かに震えているのを知って、グレンは慌ててリーを突き飛ばす と、プリシラの前で屈み込んだ。
「おおおお嬢様申し訳ありませんっ。リーの言ったことなど気になさらないでく ださい。あいつは特に何も考えてない奴でして何か考えているわけでもなくっ… 」
 うろたえまくるグレンの言葉を聞いているのかいないのか。確実に聞いていな かったようで、キッと上げたプリシラの視線はグレンを通り越して意外なほど凛 としていた。雄々しくさえあった。
「わたし、決めたわ!!」
「……………………………………はあ?」
 てっきり泣き崩れるかと思っていた彼女の意表をつく展開に付いていけず、グ レンは間抜けな声を漏らした。プリシラは構わずすっくと立ち上がる。そしてス ポーツマンシップに乗っ取ったかのように高らかに宣誓してくださったのであっ た。
「わたしは、力の限りアーノルドの結婚を邪魔することを誓うわ!!」
 プリシラお嬢様、復活。
 グレンは本格的に石像と化した。
 突き飛ばされてひっくり返っていたリーが、「おお!」と歓声を上げて飛び起 きる。
「脅迫状が送られるなんて相当だわ!この結婚を良く思ってない人間の一人や二 人や三人や四人必ずいるってことよ。そんな忌まわしい結婚、わたしが絶対に潰 してみせる!!!」
 思わず拍手したくなるほど力強く頼もしいお嬢様の宣言に、呆然としていたグ レンはハッと我に返った。違う。それらしいけど絶対違う。
「お嬢様、お待ちくださ――」
 言いかけたグレンを押しのけ、
「ヒャッホウ、そーこなくちゃ!それでこそオレのお嬢だぜぃ!!」
 喜ぶリーの頭に即、高いところからグーが降ってきて、立ち上がってから一分 も満たずに再び彼は絨毯に沈められた。
「お嬢様、そのようなことをなさっていいはずがありませんっ!どうかお考え直 しをッ、お嬢さ……」
 ま――――――――――――――――――。
 詰め寄るグレンは大口開けて絶句した。
 だってお嬢様は笑っていたのである。背の高いグレンを上目に見上げながら、 ニヤリと、不敵に。
(……ああ!!)
 何かを訴えるように両手を差し出したまま固まるグレンの横を擦り抜けて、プ リシラは先程まで自分がいた庭の見える窓辺に足を進める。オレンジの花の甘い 匂いが漂う、憂鬱の窓辺。
 ―――憂鬱?
 プリシラは窓から差し込む希望の光に包まれて、盛大に笑ってやった。今まで の自分を笑い飛ばすように声高々と。
「覚悟なさいアーノルド!!!!」
 グレンは知っていた。
 こうなったお嬢様はもう誰にもとめられないということを。
 結婚式は3日後に迫っていた。






プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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