2:リー

「お嬢っ、大変だ!!たいへん――……」
大声で喚きながら体当たりでブチ開けようとしていた扉が唐突に目の前から消失して、駆け込んできた細身の男は宙に舞った挙げ句、顔面からすっころんだ。
「ぐおぉぉ??!」
何が起こったのかも分からないまま痛みに悶えていると、視界に飛び込んできたのは天井とこちらを見下ろす黒髪のばかでかいの。
その瞬間、男はすべてを理解した。
「グレン!てめぇ……!!」
真っ赤になった鼻の頭もそのままに半身起こしたところ、筋肉質のごつい腕に襟首を捕まれ、苦情を述べる間もなく片手でぐいぐいと引っ張り上げられる。その高さ、爪先が付くか付かないか。
「グ、グレンぢゃん、ぐるしぃ」
「リー。屋敷内を走るなと言っている。それから……」
ずずいと顔を寄せられて、じたばたしていたリーなる男は器用に弓なりに身を反らせた。青筋がくっきり見えた。
「お嬢様のことを粗雑に呼ぶなと何度言ったらワカルのだ!!!」
あっぱれグレン。お嬢様至上主義。例え自分がコケにされようと無視されようと、主人に対する侮辱はアリんこほども許しはしない。それが騎士というものである。使用人だったが。
「わがった!わがった、オレが悪かったってば!!」
両手をあげて平謝りしたところようやく解放されて、リーはゲヘゲヘと大げさに咳き込んだ。恨みがましく斜めに睨め付けながら、
「ったく乱暴なヤツだな。人がせっかくとんでもねぇ話を聞いて、教えてやろうって全力ですっ飛んできたっつーのに」
「とんでもない話?何だそれは?」
と目を丸くしたグレンの手から、芳香漂うお茶のカップを見事な素早さでむしり取り、a音の叫びをバックに一気に飲み干す。
「リーーーー……き、貴様」
驚きと怒りにカタカタと震動するグレンにも慣れたもので、ごちそーさんと震える盆にカップを返すとリーは飄々と体の向きを変えた。
「そうだそうだ。グレンのせいでウッカリ忘れるところだったわ。オレお嬢にソレを知らせるために来たんだったぜ」
わざとらしく呟いてみせると、猫背気味にひょこひょこプリシラの元へ歩み寄る。
(―――だから!!)
グレンの持つトレイにビシリと深い亀裂が走った。
その呼び方はやめろと言っているだろうが!!!!

リーとグレンのこの戦いは、かれこれ9年あまり続いているのだった。そう、リーがこの館に来てからもう9年も経つのだ。礼儀のカケラもなっていない行動、この傍若無人さ。始めに彼がトードリアス家の使用人として仕え始めたときには、誰もが歓迎しなかったものである。
プリシラ以外は。
実はこのリーという男、9年前の誠にうららかな晴れの日に、散歩中のプリシラ嬢の美麗な髪飾りをかっぱらおうとした非常にセコいかっぱらいだった。そのときは鬼と化したグレンに取り押さえられ未遂だったが。
すぐさまグレンはリーをマジックユニオン支部に連行しようとしたのだけれど、それを少女特有の高く澄んだ声で止めたのがプリシラだったのである。プリシラはこう尋ねた。
『どうして人のものを取ろうとするの?お金を出せばいくらでも買えるのよ』
しかしリーにはその金がなかったのだ。仕事もなく、身寄りも誰一人いなかった。そのことを知ったプリシラは至極当然のようにこう言った。
『じゃあわたしの家で働けばいいじゃない』
プリシラ7歳、リー16歳の春のことであった。
プリシラお嬢様は言い出したら聞かない性格だったので、こうして現在に至っている。

そして現在。
リーは手近な場所にお茶のトレイをおいて憤然と後を追ってくるグレンを背に、窓辺に腰掛けたプリシラを見下ろしていた。もはや日常茶飯事のリーとグレンの言い争いには目もくれず、生彩に欠ける瞳でただぼんやりと庭を眺めるプリシラ。頬のラインがまた少し細くなったように思える。表情などには微塵も出さず、リーは心の中で舌打ちした。
「お嬢、ちょっと話がある」
声は常よりも硬かった。同情?それとも……期待だろうか。
ついそんなことを考えてしまい、自嘲気味に口の端が吊り上がる。その様子に顔を上げた彼らのお嬢様は怪訝に首を傾げたが、当のリーは何故か鼻歌でも歌うような調子で先を続けた。
「アーノルドの坊ちゃんの結婚、についてさァ。ちょいと小耳に挟んだ話があってな」
その途端、プリシラの湖色をした瞳がさっと揺らいで翳る。
「おい、リー」
グレンの手がガシリと肩を掴んだが、リーはプリシラから目を逸らさなかった。
だぁいじょうぶだって、お嬢。そんな顔しなくてもな。
この馬鹿力な騎士かぶれとオレだけは、例え何がおきようともおまえの味方だぜ。




プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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