8:まけるな使用人

 グレンは焦っていた。
 まずい。早くなんとかしなければ。
 外で宴が始まってからこっち、グレンの妨害は何一つ成功していない。おかげ で祝宴はおおいに盛りあがってしまっているし、このままでは和やかで楽しい雰 囲気のまま全てが終わってしまうではないか。
 自然にワインの瓶を握る手にもギリギリと力がこもる。
 このワイン、「こんなに何もかも上手くいかないのなら、ワインでも飲んでし まえ!」とやけになってくすねてきたわけでは決して無い。ピンクとオレンジの りぼんの掛かった可愛らしい瓶は、花嫁のための特別なワインだ。グレンが先程 、外套の下に忍ばせて持ち込んだワインの瓶とすりかえてきたのだった。すりか えたのはもちろんただのワインではない。ほどよく睡眠薬の混ざった特製ワイン なのである。これさえ一口飲めば、花嫁はたちどころに深い眠りにつき、披露宴 は続行不可能、つまり中止になって台無し!→バンザイバンザイ……である。
 グレンが食い入るように見つめる中、エレーンは何やら談笑しながら給仕にワ インを注いでもらっている。給仕の瓶は、グレンの持つものとほぼ同様のものだ 。
(――来た!)
 給仕が一歩下がると、エレーンは嬉しそうにグラスに手を伸ばした。まずはじ めに存分にその香りを楽しんでから、少しの疑いも無く、するりと一口流し込む 。グレンは思わず息を詰めた。エレーンは、「おいしーい」と、とろけそうな笑 顔を浮かべ、今度はアーノルドと楽しげに話し出す。話ながら、もう一口、二口 。
「…………………」
 おっと、ここで道化師のパフォーマンスが始まった。エレーンは惜しげもなく 拍手を送る。道化がおどけた仕草で空中から魔法のように取り出した小鳥の人形 を受け取ろうと手を伸ばして。
「…………………むううぅ!」
 呼吸困難に陥りそうなグレンが、目を血走らせこめかみに青筋を立てて唸る。 なぜだ!なぜ眠らない。
 それはまるで、いつも友人に得体の知れない強烈で毒のような薬を飲まさ れているせいで、睡眠薬なんぞ全く効かない体になってしまっている…かの ようであった。
 紙でできた小鳥は、花嫁の手に渡る直前に真っ白いハトに姿を変え、夢のよう に空へと飛んでいった。驚きの表情はやがて喜びに変わり、エレーンは瞳を輝か せながら道化師に大きな拍手を送るのだった。
(なぜなんだ――――)
 グレンの手の中で、ワインの瓶がピシリと音を立てた。


 当然ながらリーも焦っていた。
 くそう。ここまできて失敗なんかしている場合ではないのに。
 外で宴が始まってからこっち、何から何まで計算はずれもいいところだ。一概 に自分のミスだとはとても思えないのに、疑惑の新郎新婦はすっかりくつろぎ祝 いの歌に聞き惚れているのだから腹が立つ。おかげで、祝宴はなんだかんだいい つつも楽しく盛りあがってしまっているではないか。
 リーはギリリと歯噛みしながら、冷たく細長いガラスの小瓶を握りしめた。数 日前から井戸の底でこれでもかと冷やしておいた瓶の中身はすでに無く、曇天と はいえ5月の空の下で緩く溶けて温もりだしていることだろう。
「頼むぞ」
 リーは半ば祈るような気持ちで、新郎新婦へと視線をやった。
 2人はちょうど立ちあがって、テーブルの前に並んで立っているところであっ た。彼らの前にはめいっぱいおしゃれした妖精のように可愛らしい二人の子ども が、体の半分ほどもありそうな大きな花束を抱えて待ち構えている。
(――来た来たァ!)
 フェレストノアール家の小さな貴族は、―きっと何度も練習したのだろう―目 配せしたあと足並みをそろえてアーノルドとエレーンの前に進み出ると、声を張 り上げて
「「アーノルド様、エレーン様、ご結婚おめでとうございます!」」
 そして元気に花束を差し出した。
 あの、花束だ。
 あのあっちの、エレーンのほうの花束に、リーは瓶の中身を忍び込ませた。さ んざん探し回って、ようやく見つけたナントカいう名前の蛇である。小さくて毒 など持ってないが、その性質は極めて強暴だ。そろそろ体も温まって絶好のコン ディションではなかろうか。
 色とりどりの豪勢な花束(ヘビ入り)は、子どもたちの手からアーノルドへ、 そしてエレーンの手へと渡される。
「どうもありがとう」
 エレーンは頬を真っ赤にした甥の上に屈むようにして丁寧に礼を述べてから、 腕に抱いた花束へと顔を向けた。
(今だ!おまえの腕の見せ所だぞ、行け―――!!!)
 するとどうだろうか。まるでリーの心の檄がとどいたかのように、そのとき蛇 が花の間から鎌首をもたげて威嚇するのが、リーの目に確かにうつった。
「やった?!」
 興奮のあまり声も裏返るリーの目の前で、深窓のエレーン嬢は顔色一つ変えず に、アレを……女の子は大嫌いで、あのプリシラでさえ卒倒する恐怖の怒れる蛇 を、ひょいとつまんで無造作にポイと投げ捨てたのだ。それはもう、糸屑のよう にポイっと。苦労して見つけた蛇を。
 リーの両手は力無く地に付いた。


 そして……。
 会場めがけて放りこんだ爆竹は、なぜか空に舞い上がり、花火のようにめでた く弾けた。開けば血糊があふれ出る呪いの祝電から出てきたのは真っ赤な薔薇の 花弁だったし、料理に混ぜた不気味な植物X(一応食用らしい)はかまわず食さ れ、余興は失敗せず、落とし穴は消滅し、石は砕け、べたべたはさらさらになり 、あれもこうなって、そして、
 そしてついにその時はやって来たのだった。





プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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