エピローグ〜オレンジバレーの花嫁〜

「これはいったいどういうことだね君達……」
 ロワノルン王国オレンジバレー、カシュカシュ支部の魔法使いウェイン・アモ ンセン氏(38)は震える声でそう尋ねた。
「いやあ、『これ』と言われましても……ねえ?」
 彼の前に一列に並んだ4人と1匹は、お互いに顔を見合わせてうふうふと笑う 。『これ』とはすなわち。一番はしに立っていたクゥ・カーヤン(16)が、眉一 つ動かさずぴしゃりと言い放った。
「シュタイン家の庭だな」
 針金のように神経質なウェインの額に太い青筋がたつ。
 シュタイン家は惨憺(さんたん)たる有様であった。
 高価な燭台は壊れ、シャンデリアにいたっては粉々である。プリシラが贈った 例のヨロイは思う存分歩き回ってくださったようで、シュタイン家の見事な庭は 縦横無尽に踏み荒らされていた。しかもヨロイが激突した中庭の壁には大穴があ いている。さらに食料は食い尽くされ、ヘビは行方不明で、屋敷の裏手には妙な 穴や不気味な血糊がべったりと残っていた。
「わたしはユニオンを留守にするとき君達に言わなかったかね。何か問題が起き たときには必ずわたしに連絡すること。間違っても――」
 自分たちだけで解決しようとしないように。
 そのとき彼ら、マジックアカデミー、ヘシュワン・ブルに在籍する4人の魔術 師見習は元気な声でこう答えなかっただろうか。
「はい、わかりました!」と。
「だけど、アーノルドもエレーンも本当に困ってたんだよ。……なあ?」
 パツィム・コルファ(19)が一歩踏み出しもっともらしいことを言うと、残る 3人はいっせいに激しく頷いた。
「エレーン、ずっと元気がなくて可哀想だったし」と、セイミ・スランドゥイル (20)。
「アーノルドも本当に真剣だったから、力になってあげるのが魔法使いの使命だ と思ったわ」と、にぎりこぶしを作るのはフィーリイア・リム・ザクセン(17) とその足元に大型犬サイズになったドラゴンのマナ。
「それにウェインに連絡しようにも、連絡先を書いた紙、間違えて燃やしちゃっ てたしな」
「……………………」
 ウェイン・アモンセンはわき上がる怒りを必死でおさえた。神経質な彼は人前 でわめき散らしたり、怒り狂った姿をさらけ出したりしたことが、これまで一度 として無かった。
「まあ、これくらいならオレたちでも大丈夫だったよな!“アカデミーのエリー ト”なんて言われちゃあな〜」
 だんだん調子に乗ってきたのか、パツィムがでれでれと相好を崩す。
「そうそう、ベッドもアーノルドの家の方がユニオンのよりふかふかだったよね 」
「そうなのよ〜。それに、あこがれのウエディングドレスも着れちゃったし♪」
「メシも断然ウマかった」
 ウェインは有らん限りの力で手をにぎりしめ、うつむいて、ぐっと息を詰めた 。わいわい盛り上がっていた4人も、それにはさすがに気付いてわっとそばまで 寄ってくる。
「ど、どーしたのウェイン!具合でも悪いの!?」
「・・…の…………た……ど………」
「―――……え?」絞り出すような小さな声をノンキな笑顔で聞き返す4人。
 彼は大きく息を吸い込んだ。
「こんの、バカたれ、ども――――っ!!!」
空を切り裂かんばかりの、予想だにしていなかった金切り声に、さすがの落ちこ ぼれたちも風圧でひっくり返ったまま唖然とした。
「まだ学生の実習でここに来ている分際で、恥を知りなさい恥をッ!だいたい自 分たちが何をしたかわかっているのかね?結婚式を無理しておこなって滅茶苦茶 にしただけじゃない。わたしが任せておいたユニオンの仕事もほったらかしだ! 他所との通信も、書類の整理も、掃除も、洗濯も、何もかも。いっそ清々しいほ どほったらかしだ……!!」
「あ…あのぉ〜ウェイン。とりあえず、落ち着いて」
 スキをみて、なんとかなだめようとしてみたものの、
「落ち着く?!どうしてこれが落ち着いていられようかッ。よりによってユニオ ン本部から、『カシュカシュ支部と通信がつながらないが大丈夫なのか』と連絡 が入ったのだぞ。それでわたしは」
「ちょっとー」
「慌ててこっちに戻ってきたわけで……」
「ちょっと!」強引に割り込んできた少女の声に、ウェインのお説教は無理やり 中断させられた。
「ちょっとあなたたち、いい加減にしなさい。いつまで待たせる気?」
 見ればそこにはトードリアス家のプリシラが、腕を組み、怒ったようにして立 っていた。彼女の傍らには寄り添うようにアーノルドが、そして後方にはグレン とリーの姿も見える。
「早くしないと式が始まってしまうわ」
 そう、今日はエレーンと、彼女の庭師ピートが結婚する日なのだ。
 あの日、エレーンが大勢の前ですべてを打ち明けたのは、たいへん良い結果と なった。集まっていたオレンジバレーのほとんどの貴族は『王都(キャッスルト ン)じゃあるまいし、いまどき政略結婚なんてイケてなーい』と口々にフェレス トノアール卿をたしなめてくれ、とうとうあの頑固オヤジも折れたのである。
 プリシラと2人の使用人は現在自宅謹慎中であったが、エレーンの強い希望で 特別に式へと招待されていた。それから、とことん人の良いアーノルドと、アカ デミーの魔術師見習いたちも。
「今大事な話をしておりますので、もう少しお待ちください」
 と、プリシラに話すウェイン・アモンセンの横を、もう彼らは風のようにすり 抜けていた。
「ごめんなさいウェイン。大事な話はまた今度、ということで!」
「あ…………こ、こら!」
 驚きのあまりウェインの反応がわずかに遅れたその隙に、アカデミーの優秀な 落ちこぼれたちは、見事な素早さでプリシラたちを馬車に詰め込むと、そのまま 転がるように自分たちも乗り込んで、ばたんと扉は閉じられる。
 あっけにとられていたウェインが我に返ったのは少々遅く、後はもう、全速力 で駆け出す馬車の後姿に叫び声を上げるのみで。
「こらああああっ!戻ってこないか―――!!」
 いい天気だった。
 あの日の雲が嘘のように、まぶしい、真っ青な空。
 いい結婚式になるだろう。きっと。
 絶対に。



 さて、これがパツィム、セイミ、フィー、クゥの4人がオレンジバレーで最初 に起こした事件である。
 これがきっかけでエレーンは幸せな結婚をし、アーノルドは心にちょっと切な い傷を負い、ウェイン・アモンセンは怒りとお説教の生活を始めることとなった 。
 そしてプリシラも変わった。
 それは目に見える変化ではなかったけれど、グレンとリーは気付いている。プ リシラが、アーノルドだけでなく、前よりずっと自分たちを必要としてくれてい ること。
 そして新たに“魔法使いの見習い”という友人が4人と1匹でき、彼女はまた 変わるかもしれない。その友情は生涯にわたって続くことになるのだが、それは また別の話。
 そんなこの事件は、「事の始まり」とか、「偽結婚式の惨劇」とか、「魔術師 の闖入(ちんにゅう)」だとか、
「オレンジバレーの花嫁騒動」
 などとして、彼らが竜退治の英雄になった今でも、話好きなオレンジバレーの 人々の間で語られている。


 おわり




プロローグ

 



グレン

 



リー

 



届けられた手紙

 



がんばれ使用人

 



2人の花嫁
もしくはアーノルド

 




戦闘開始(前編)

 



戦闘開始(後編)

 



パーティを
ぶちこわせ(前編)

 




パーティを
ぶちこわせ(後編)

 




まけるな使用人

 



最後の仕掛け

 



5月の花嫁は
曇天に涙する

 






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